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恋の予感…… page10

last update 最終更新日: 2025-02-14 11:08:22

「お帰りなさい。相川さん、現金書留が来てますよ」

「わあ! 晴美さん、ありがとうございます!」

 愛美は満面の笑みでお礼を言い、晴美さんから封筒を受け取った。開けてみると、中身はキッチリ三万五千円!

「コレでやっと金欠から脱出できる~♪」

 何せ、財布の中には千円札が二・三枚しか入っていなかったのだから。

「――あ、それから。辺唐院さんには荷物が届いてますよ」

「はい? ……ありがとうございます。――あら、純也叔父さまからだわ」

 珠莉が受け取ったのは、レターパック。差出人は純也らしい。

「えっ、純也さんから? 何だろうね?」

 愛美もワクワクして、珠莉とさやかの部屋までついていった。彼女も中身が気になるのである。

 何より、理由は分からないけれど気になって仕方がない純也(あいて)からの贈り物なのだから。……自分宛てじゃないけれど。

「あら、チョコレートだわ。三箱もある。しかもコレ、ゴディバよ! 高級ブランドの」

 開封するなり、珠莉が歓声を上げた。

「えっ、マジ!? 一粒五百円もするとかいう、あの!? っていうか、なんであたしの分まで」

「あ、待って下さい。メッセージカードが付いてますわ。――『金曜日はありがとう。珠莉と愛美ちゃんにだけお礼を送るのは不公平だと思って、珠莉のルームメイトにも送ることにした』ですって」

「なぁんだ、義理か。でもあたし、チョコ好きだし。ありがたくもらっとくよ。でもコレ、もったいなくていっぺんには食べられないね。……ね、愛美?」

「…………えっ? あー、うん。そうだね」

 さやかに話を振られ、愛美の反応が1(ワン)テンポ遅れる。そこをさやかが目ざとくツッコんできた。

「やっぱりヘンだよ、愛美。どうしちゃったのよ?」

「うん……。ねえ、さやかちゃん。わたしね、金曜日からずっと純也さんのことが頭から離れないの。夢にも出てくるし、授業中にもあの人のことばっかり考えちゃって。……この気持ち、何ていうのかな?」

 さやかはその言葉を聞いて、全てを理解した。

「それってさあ、〝恋〟だよ。愛美、アンタは純也さんに恋しちゃったんだよ」

「恋? ――そっか、これが〝恋〟なんだ……」

 愛美もそれでしっくり来た。生れてはじめての感情なのだから、誰かに教えてもらわなければこれが何なのか分からないままだったろう。

「にしても、初恋の相手が友達の叔父で、十三歳も
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  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   恋の予感…… page11

    「大丈夫だって、愛美! アンタに打算なんてないでしょ? 彼がお金持ちだからとか、名家の御曹司(おんぞうし)だからって好きになったんじゃないでしょ?」「うん。それはもちろんだよ」 お茶代だって、金欠でなければ自分の分は払うつもりでいたのだから。 「だったら可能性あるよ、きっと。だから自信持ってよ」「うん! ありがと、さやかちゃん!」 愛美は大きく頷くと、チョコレートの箱を大事そうに抱えて自分の部屋に戻った。 ――初めての恋。このドキドキの体験を、〝あしながおじさん〟に知ってもらいたい。愛美は便箋を広げ、ペンを取った。****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。  この学校に入学してから早いもので一ヶ月半が経ち、学校生活にもだいぶ慣れてきたところです。 わたしは勉強こそできますが、どうも流行には疎いらしくて、クラスの子たちの話題になかなかついていけません。そんな時はさやかちゃんに訊いたり、スマホで調べたりするようにしてます。 ところでおじさま、聞いて下さい。わたし、どうも初めて恋をしてしまったみたいです。 お相手の方は、珠莉ちゃんの親戚で辺唐院純也さんという方。珠莉ちゃんのお父さまの一番下の弟さんだそうで、手短にいえば珠莉ちゃんの叔父さまにあたる人です。 彼はおじさまと同じくらい背が高くて、優しくて、ステキな方です。ご自身も会社の社長さんらしいんですけど、お金持ちであることをまったく鼻にかけたりしないんです。「むしろ、自分は一族の中で浮いてるんだ」なんておっしゃってたくらいで。 金曜日、学校を訪れた彼を、補習があって抜けられない珠莉ちゃんに代わってわたしが案内してさしあげて、学園内のカフェでお茶もごちそうになりました。 本当はわたし、自分の分だけでも払いたかったんですけど、残念ながら金欠で。一人分で千八百五十円もかかったんですもん。  ところが、彼は珠莉ちゃんに会う前に急にお帰りになることになっちゃって。わたしに「またね」っておっしゃって行かれました。 多分、本当は珠莉ちゃんに会いたくなかったんじゃないかとわたしは思ってるんですけど。どうやら彼は、珠莉ちゃんのことが苦手らしいので。 珠莉ちゃんは叔父さまに会えなかったから、わたしが叔父さまを横取りしたってめちゃくちゃ怒ってました。 あの叔父さまはもの

    最終更新日 : 2025-02-14
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    最終更新日 : 2025-02-14
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  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   ナツ恋。 page4

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    最終更新日 : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   ナツ恋。 page5

    ****『拝啓、あしながおじさん。 おじさまはとてもいい人ですね! 信州(しんしゅう)の高原へのお誘い、本当に嬉しかったです。ありがとうございます! 〈わかば園〉にアルバイトとして帰るのは、わたしには切なすぎました。卒業した後まで、あそこに迷惑をかけたくありませんでしたから。 レポート用紙にシャーペン書きでゴメンなさい。実は今、英語の授業中なんです。いつ先生に当てられるか分からないので、近況はパス。 ――』****「――では、相川さん」「はっ、ハイっ!」 英語担当の女性教師に指名された愛美は、レポート用紙に一言書き記してから慌てて姿勢を正した。****『あっ、今当てられました!』****「この一文の助動詞〈should(シュッド)〉は、どう訳すのが適切か分かりますか?」「えっと……、『~(なになに)すべきである』……でしょうか」 ちゃんと授業は耳に入っていたので、答えることはできたけれど。「正解です。でも、授業はちゃんと集中して聞きましょうね」「……はい。すみません」 集中して聞いていなかったことを注意され、愛美は顔から火を噴(ふ)いた。****『先生の質問にはちゃんと答えられましたけど、注意されちゃいました。 では、これで失礼します。              愛美』**** ――五限目と六限目の間の休憩時間に、愛美はレポート用紙に書いたお礼状を封筒に入れておいた。「――で? あの手紙、一体なんて書いてあったのよ?」 六限目までの授業が全て終わり、寮に帰る途中でさやかが愛美に訊いた。もちろん珠莉も一緒である。「あのね、おじさまの知り合いが信州の高原で農園とかやってるんだって。だから、夏休みはそこで過ごしたらどうか、って。もう根回しは済んでるらしいよ」「へえ、そうなんだ。よかったね、やっと行くとこができて」「うん!」「信州っていうと……、長(なが)野(の)か新潟(にいがた)あたりかしら?」「うん、長野らしいけど。……珠莉ちゃん、もしかしてその場所に心当たりあるの?」 突然口をはさんできた珠莉に、愛美は何か引っかかった。 彼女はずっと、愛美には興味がないと思っていたけれど。愛美が純也と関わってから、急に愛美にご執(しゅう)心(しん)らしい。「……いいえ、何でもないわ」 けれど、何か言いかけた珠莉はす

    最終更新日 : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   ナツ恋。 page6

        * * * * ――そして、七月の半ば。「さぁて、期末テストも無事終わったことだし。夏休みに向けての荷作り始めようかな」「そうだねー。今回はあたしも珠莉も成績まずまずだったし」 ちなみに、愛美は今回も十位以内。珠莉が五十位以内、さやかも七十位以内には入った。「はー、私もこれでやっとお父さまとお母さまに顔向けができますわ」 ホッとしたように珠莉が呟けば。「それ言ったら、あたしもだよ。中間の時ボロボロだったからさあ、お母さんに電話で泣かれちゃって大変だったよー」 珠莉よりも順位が下だったさやかも、うんうん、と同調した。「今回も成績悪かったら、夏休みも補習ばっかりで楽しめなかったもんねー」 愛美がしみじみと言う。……まあ、彼女にそんな心配はなかっただろうけれど。 初めての恋を知ってから、愛美は時々妄想がジャマをして勉強に集中できなくなっていた。それでもこの好成績だったのは奇跡的である。「――にしたって、アンタの部屋も荷物増えたねえ……。特に本が」 さやかが愛美の部屋の本棚を見て、感心した。 ちなみに、さやかと珠莉の部屋の本棚の蔵書は二人分を合わせても、この本棚の三分の二か四分の三くらいだろう。 愛美の部屋にある作りつけの本棚には教科書や参考書のほか、小説の単行本や文庫本・雑誌類がビッシリ入っている。 まだ入学して三ヶ月でのこの増えようからして、彼女がかなりの読書家だということが窺(うかが)える。「えへへっ。古本屋さんでコツコツ買い集めたの。新書もあるけどね」「ほぇー……。大したモンだわこりゃ。っていうか、『あしながおじさん』率高くない?」 さやかが目ざとく指摘する。 本棚にはもちろん、他の本もたくさん並んでいるのだけれど。『あしながおじさん』のタイトルだけで十数冊もあるのだ。これはこの本棚の蔵書の中でもっとも多い。「うん。小さい頃からこの本好きなんだよねー。よく見て、さやかちゃん。翻訳してる人、全部違うでしょ? 一冊一冊、文体が違うの。読み比べするのも面白いんだ」 愛美はその中でも一番のお気に入りを一冊手に取った。「コレね、施設にいた頃からずっと読んでたの。もう表紙とかボロボロなんだけど。で、コレを読みながら、わたしの境遇をこの本のジュディと重ねてたんだよね」 でも、と愛美は続ける。「現代の日本に生きてるわたし

    最終更新日 : 2025-02-14

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  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   わかば園と両親の死の真相 page1

    「――そうだ! 次回作は〈わかば園〉のことを題材にして書こう」 自分が育ってきた、よく知っている場所のことなら書いていてリアリティーもあるし、作品に説得力を持たせることもできる。当然のことながら、主人公のモデルは愛美自身だ。「よし、次回作はこれで決定! 今年の冬休み、久しぶりに〈わかば園〉に帰って園長先生とか他の先生たちに話聞かせてもらおう」 愛美の記憶にあることはまだいいけれど、憶えていない幼い頃のことや、愛美が施設にやってきた時のことは園長先生から話を聞かなければ分からない。――それに、愛美の両親のことも。(わたし、お父さんとお母さんが小学校の先生で、事故で亡くなったってことしか知らないんだよね。どんな両親で、どんな事故で命を落としたのか知りたいな) 施設で暮らしていた頃は、まだ幼くて話しても分からないから教えてくれなかったんだろう。でも、愛美も十八歳になって、世間では一応〝大人〟なのだ。今ならどんな話を聞かされても理解できると思う。それがたとえどんなに残酷な話でも、聞く覚悟はできているつもりだ。「……うん、大丈夫。わたしはもう大人なんだから、どんな話を聞いても怖くない」 愛美は決意を新たにしたことで、自身の初めての挫折とも向き合うことを決めた。「今回ボツになったこと、報告しないわけにはいかないよね……」 もちろん〝あしながおじさん〟に、である。ガッカリされるかもしれない。けれど、失望はされないと思う。だって、純也さんはそんなに冷たい人ではないから。「でも、慰められるのもまたツラいんだよね。そこのところは手紙で一応釘を刺しとくか」 部屋に帰ったら〝おじさま〟宛てに手紙を書こう。そう決めて、愛美は寮の玄関をくぐった。「――相川さん、おかえりなさい」「ただいま戻りました。あ~、晴美さんとこうして話せるのもあと半年足らずかと思うと淋しいです」 寮母の晴美さんと挨拶を交わせるのも、高校卒業までだ。大学に進めば寮を変わらなければならないので、当然寮母さんも違う人になる。「私も淋しい~! でも、寮母として寮生の巣立ちを送り出さなきゃいけないから。毎年淋しく思いながら、断腸の思いでそうしてるのよ」「そうなんですね。あと半年、よろしくお願いします」 晴美さんにペコッと頭を下げてから、愛美はエレベーターで四階へ上がった。角部屋の四〇一号室が、三

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   仲直りと初めての挫折 page8

    「……あの、ボツになった理由は?」「あの作品、セレブの世界を描いてますよね? その描写が不十分というか、かなり不適切な描写があったと。先生個人の偏見のようなものが含まれていたようなんです」「ああ~、そう……ですよね。わたし、実は一部の人たちを除いてセレブの人たちって苦手で。冬休み、セレブのお友だちの家で過ごしていた時に色々と取材したんですけど。その時もあまりいい印象は持てなかったです」 純也さんとデートした日のこと以外にも、愛美はあの家に出入りしている富裕層の人たちを観察したり、クリスマスパーティーの時に感じたことも小説の中に織り込んでいた。多分、それが原因だろう。「なるほど……。冬休みといえば二週間くらいですか。富裕層の人たちのことを正しく描写しようと思えば、その程度の日数では足りなかったんでしょう」「ですよね……」 愛美はすっかりヘコんでしまい、大きくため息をついた。(わたしってホントは才能ないのかな……。純也さんの買い被りすぎ? だったら、彼にムダなお金使わせちゃっただけかも)「先生、そんなに落胆しないで。今回は残念な結果でしたけど、次回作でいい作品をお書きになればいいんです。先生はまだ高校生ですし、先生の作家人生はまだ始まったばかりなんですから。焦らず、じっくりといい作品を送り出していきましょう。僕も協力を惜しみませんから」「はい……、そうですね。次回作は頑張ってみます」  ――愛美持ちで会計を済ませて岡部さんと別れた後、愛美は自分でも悪かったところを反省してみた。(岡部さんに原稿を送る前に、珠莉ちゃんにデータを送って読んでもらえばよかったかな。珠莉ちゃんなら何か的確なアドバイスをくれたかも) 愛美にとっていちばん身近なセレブが珠莉である。彼女に最初の読者になってもらえば、「ここがよくない」とか「ここはこういう書き方の方がいい」とか助言してもらえて、もっといい作品になったはず。そうすればボツを食らうこともなかったかもしれない。(……まあ、〝たられば〟言いだしたらキリがないし、もう終わったことだからどうしようもないんだけど) 済んでしまったことを悔やむより、前に進むことを考えなければ。「次回作……、どうしようかな」 寮への帰り道、悩みながら歩いていた愛美の頭を不意によぎったのは、彼女が中学卒業まで育ってきたあの場所のことだっ

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   仲直りと初めての挫折 page7

       * * * * それから数週間後の放課後。この日は文芸部の活動はお休みだったので、短編集のゲラの誤字・脱字などのチェックを終えた愛美は学校の最寄駅前にあるカフェに担当編集者の岡部さんを呼び出した。「――はい。相川先生、お疲れさまでした。これでこの短編集『令和日本のジュディ・アボットより』は無事に発売される運びとなります」「よろしくお願いします。わたしも発売日が待ち遠しいです」 愛美は確認を終えたゲラを大判の封筒に入れる岡部さんに、改めてペコリと頭を下げた。 ゲラの誤字や脱字を赤ペンで修正していく作業は初めてだったけれど、思いのほか少なかったので楽しくこなすことができた。あとは一ヶ月後、本屋さんの店頭に並ぶ日を待つだけだ。(純也さん、聡美園長とか施設の先生たちにも宣伝してくれたかな。もちろん自分では買って読んでくれるだろうけど) 彼は〈わかば園〉を援助してくれている理事の一人でもあり、あの施設の関係者で愛美の書いた本がもうじき発売されることを前もって知っているのも彼だけなのだ。彼ならきっと、園長先生にはそれとなく報告しているだろうけれど。 (どうせなら、立て続けに二冊発売される方が園長先生や他の先生たちも、もちろん純也さんも喜んでくれるだろうな……)「――ところで岡部さん、わたしの長編の方はどうなりました? データを送ってから一ヶ月以上経ってると思うんですけど」 そろそろ出版するかどうかの決定が下される頃だろうと思い、愛美は岡部さんに訊ねてみたのだけれど……。「…………すみません、先生。それがですね……、あの作品は残念ながら出版できないということになってしまいまして。つまり、ボツということです」「えっ? ボツ……ですか」 彼の返事を聞いて、愛美は目の前が真っ暗になった気がした。岡部さんはあれだけ作品を褒めてくれたのに、熱心にアドバイスまでくれて、書き上がった時にはものすごく喜んでくれたのに……。(なのに……ボツなんて)「だって、岡部さん言ってたじゃないですか。『これは間違いなく出版されるはずです』って」「いえ、僕はあの作品を気に入ってたんですけど……、上が『ダメだ』というもので。僕も本当に残念だとは思ってるんですが、まぁそそういう次第でして」「そんな……」 岡部さんもガッカリしているのだと分かったのがせめてもの救いだけれど

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   仲直りと初めての挫折 page6

     彼も反省してたんだって知って、わたしは彼を許してあげることにしました。やっぱり彼のことが好きだから、仲違いしたままでいるのはつらかったの。仲直りできてよかったって思ったのと同時に、どうしてもっと早くできなかったんだろうとも思いました。フタを開けてみたら、こんなに簡単なことだったのに。 純也さんに、この秋に発売されることが決まってる短編集の売り込みもバッチリしておきました(笑) わたしが作家になって記念すべき一冊目の本だもん。ぜひとも読んでもらいたくて。 純也さんは今、まだオーストラリアにいるそうです。あと二、三日したら帰国するって言ってましたけど。 日本とオーストラリアには時差は一時間くらいしかないけど、あっちは南半球なので季節が真逆だっていうのが面白いですね。「こっちは寒さが厳しいから、早く日本に帰りたいよ」って彼は言ってました。帰ってきたらきたで、こっちはまだ残暑が厳しいからあんまり過ごしやすくないけど。そういえば、オーストラリアってクリスマスシーズンは真夏だから、サンタクロースがトナカイの引く雪ゾリじゃなくてサーフボードに乗って登場するんだっけ。 付き合ってる以上、純也さんとはこれから先もケンカするかもしれないけど、今回のことを教訓にして早く仲直りできるようにしようと思います。どっちかが折れなきゃいけない時には、なるべくわたしが折れるようにしたい。純也さんだって、そんなに無茶なことを言わないと思うから。 もうすぐ、編集者の岡部さんがさっき話した短編集のゲラ稿を持ってくるはず。そしたら、いよいよ商業作家としてのお仕事が本格的に始まります。長編の方はデータを送ったきり、まだ連絡はありません。今ごろ出版会議の真っ只中ってところかな。どうか出版が決まりますように……!   かしこ八月三十一日           いよいよ商業デビューする愛美』****(純也さんがこの手紙を読むのは日本に帰国してからだろうな……。どうか、あの小説の出版が決まりますように!) だってあれは愛美が初めて執筆に挑戦した長編小説で、本として世に出るために書いていたのだから。自分でも、もしかしたら大きな賞とか本屋大賞が取れるんじゃないかと思うほどよく書けたという自負がある。 ――ところが、世間はそう甘くなかった。

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   仲直りと初めての挫折 page5

    ****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。 今日、さやかちゃんと一緒に〈双葉寮〉に帰ってきました。明日から二学期が始まります。 今年の夏休みも、ワーカーホリックの中学校の宿題はバッチリ終わらせました! さやかちゃんも。 珠莉ちゃんはこの夏、モデルオーディションを何誌も受けて、ついにファッション誌の専属モデルに合格したそうです! わたしに続いて、珠莉ちゃんも夢を叶えたんだって思うと、わたし嬉しくて! 二学期には自分の進路を決めなきゃいけないから、多分一学期までより学校生活も忙しくなりそう。わたしは作家のお仕事もあるから、他の子たち以上に大変だと思う……! でも、わたしと珠莉ちゃんはもう進学する学部を決めてるからまだいい方かな。問題はさやかちゃん。まだ福祉学部にするか、教育学部にするかで迷ってるみたい。わたしは彼女がどっちを選んでも、全力で応援してあげたいと思ってます。 ところでおじさま、聞いて下さい。わたし今日、やっと純也さんと仲直りできたの! 実は夏の間ずっと、彼といつ仲直りしたらいいのかタイミングをうまく掴めずにいて、わたしも気にしてたの。  確かに七月のケンカでは、わたしにヒドいことをさんざん言った彼の方が大人げなくて悪かったけど、わたしもちょっと意固地になりすぎてたのかなって反省したの。「メッセージを既読スルーしてやる」とは思ってたけど、彼からはまったく連絡が来なくて、だからってわたしから連絡するのもなんかシャクで。 でも、やっぱり仲直りしたいなと思ってたタイミングで、おじさまにも話した彼からのあの上から目線のメッセージが来て。わたしはさやかちゃんのご実家に行くことにしたから、その時にも仲直りはできなくて。 で、今日思いきって彼にメッセージを送ってみたの。電話にしなかったのは、彼がオーストラリアにいるってメッセージを送ってきてたからっていうのと、電話で話すのは正直まだシャクだったっていうのもあって。そしたらすぐに既読がついて、彼から電話してきてくれたの。 純也さん、「大人げないのは自分の方だった。ごめん」ってわたしに謝ってくれました。彼はわたしの自立心とか向上心が本当は好きだけど、同時に自分に甘えてくれなくなるんじゃないかって、それを淋しく感じてたみたい。「男ってバカだろ?」って言って笑ってました。

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   仲直りと初めての挫折 page4

    「……純也さんは今、まだオーストラリアにいるの?」『うん。こっちは今、冬の終わりって感じかな。でも寒さが厳しくてさ、早く日本に帰りたいよ。そっちはまだ残暑が厳しいんだろうな』(あ、そっか。オーストラリアは南半球だから日本と季節が真逆になるんだっけ) 地球の反対側にあるオーストラリアは、日本と時差はほぼないに等しいけれど、その代わり季節が逆転しているのだと愛美は思い出した。クリスマスにサンタクロースが雪ゾリではなく、サーフボードに乗ってやってくるというのが有名なエピソードである。「そうなんだよね。明日から九月なのに、まだ真夏みたいに暑いの。純也さん、日本に帰ってきたら茹(ゆ)だっちゃいそう」『それは困るなぁ。でも、あと二、三日後には帰国する予定だから。仕事も立て込んでるみたいだしね。でも、どこかで予定を空けて愛美ちゃんに会いに行くよ』「うん! じゃあ、気をつけて帰ってきてね。わたしも明日からまた学校の勉強頑張る。あと、短編集のゲラのチェックもやらないといけないから、そっちも」『現役高校生作家も大変だな。でも、何事にも一生懸命な愛美ちゃんならどっちも頑張れるって、俺も信じてるよ。……夏休みの宿題はちゃんと終わった?』「大丈夫! 今年もちゃんと全部終わらせたから。――それじゃ、帰国したらまた連絡下さい」『分かった。じゃあまたね、愛美ちゃん。メッセージくれて嬉しかったよ』「うん」 ――愛美が電話を終えると、嬉しそうに笑うさやかと珠莉の顔がそこにはあった。二人は通話が終わるまでずっと、成り行きを見守ってくれていたようだ。「純也さんと無事に関係修復できてよかったじゃん、愛美」「お二人がギクシャクしてると、私たちも何だか落ち着かなかったのよねえ。だから、無事に仲直りして下さってよかったわ」「さやかちゃん、珠莉ちゃん、心配かけてごめんね。でも、わたしと純也さんはこれでもう大丈夫。見守ってくれてありがと」 思えば七月に彼とケンカをしてから、この二人の親友にもずいぶんヤキモキさせてしまっていた。彼女たちのためにも、こうして無事に彼との仲を修復できてよかったと愛美は思った。「――さて、一応形だけでも〝おじさま〟に報告しとかないとね」 あくまで愛美が「純也さんと〝あしながおじさん〟は別人」、そう思っているように彼には思わせておかなければ話がややこしくなる

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   仲直りと初めての挫折 page3

    『……あのさ、俺の方こそごめん。あの時はちょっと言い過ぎたよ。大人げなかったのは俺の方だ』「ううん! そんなこと……」『君がさやかちゃんの実家に行ってたことは、珠莉から聞いた。ホントは長野で会えたら、その時に仲直りしたいと思ってたけど、君が来ないって分かってどうしようかと思って。まだ俺に怒ってるんだと思ってすごく後悔してた。まあ、あんなメッセージの書き方したら、君を不愉快にさせるだろうとは思ってたけど。不器用でごめん』「そう……だったんだ……」 やっぱり珠莉の言った通り、純也さんは愛美とケンカになったことを後悔していたのだ。『あの時はああ言ったけど、君の自立心とか向上心、俺はいいと思ってるよ。ただ、俺に甘えてもらえなくなるんじゃないか、なんて考えてしまったからついあんなことを言ってしまったんだ。ホント、男ってバカだろ? でも、決して本心じゃないってことは分かってほしいんだ』「うん、分かった。もういいよ、純也さん。わたしもあのケンカのことはなかったことにしてあげる。もう忘れるよ。わたしの方こそごめんなさい。だからもう、今日で仲直りしよう?」『そうだね。これで仲直りだ』「うん!」 もっと早くこうしていたらよかったのに、と愛美も思った。お互いに意地を張っていたけれど、仲直りしようと思えばこんなに簡単なことだったのだ。「あのね、純也さん。例の長編小説、夏休みの間に書き上がったんだよ。もう編集者さんにデータ送ってあって、今連絡待ちの状態なの」『そうか! お疲れさま。よく頑張ったね、愛美ちゃん』「ありがとう! やっぱり、純也さんにモデルになってもらったから、書き上がったら報告しなきゃと思って。遅くなってごめんね」 もっと早く仲直りできていたら、夏休みの間に報告できたのに。でも、遅くなってもちゃんと報告できたのでよかった。『いや、わざわざ報告ありがとう。本になったら俺も読んでみたいな』「まだ本になるって決まったわけじゃないけど、もしなったら買ってね。あ、それともわたしから見本誌をあげてもいいけど。その前にね、再来月に短編集が先に発売されることが決まってるの。そっちもぜひ」『あははっ、売り込み上手いねー。短編集も、発売されたらぜひ買わせてもらうよ』 愛美の必死な売り込みに純也さんは笑いつつも、「買う」と言ってくれた。それが彼の社交辞令だったとして

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   仲直りと初めての挫折 page2

     もしかしたら、愛美が「千藤農園に行かない」と手紙を出したから彼も行くのをやめて友人の誘いに乗ったのかな、と彼女は思った。「そうかもしれないわね。叔父さまもきっと意固地になってらっしゃったのよ。きっと今ごろ、あなたとケンカになってしまったことを後悔していらしてよ。もしかしたら、コアラでもご覧になりながら愛美さんのことを考えてらっしゃるかもしれないわね」「コアラ……、ぷくく……っ」 その光景を想像した愛美は、思わず吹き出した。「ダメだよー、愛美。笑っちゃ」「そういうさやかちゃんだって笑ってるじゃない」 あれだけ悩んでいたというのに、この親友二人のおかげで愛美の悩みなんてちっぽけなものに思えてきてしまうから不思議だ。「……よしっ! 二人とも、励ましてくれてありがとね。おかげでわたし、なんかスッキリした。さっそく純也さんにメッセージ送ってみるよ」 まずは彼に「ごめんなさい」と謝らなければ、と愛美は決意した。でも電話にしないのは、彼がもしかしたらまだオーストラリアにいるかもしれないので、時差のことを考えたからだった。 その点、メッセージなら彼の気づいたタイミングで見てもらえるし、既読がつけば見てくれたことがすぐに分かる。それだけでも安心材料になると思ったからだ。「そうだね、あたしもそれがいいと思うな」「私もそう思うわ。仲直りは早いに越したことはないもの」「うん、そうだよね」 というわけで、愛美はさっそく純也さんにメッセージを送信した。『純也さん、わたし、ついさっき寮に帰ってきました。 夏は意固地な態度取っちゃってごめんなさい。わたしもちょっと大人げなかったかな、って反省してます。 純也さんは今、まだオーストラリアですか? このメッセージに気づいたら、また連絡下さい』「…………なんか、久しぶりだからめちゃめちゃ他人行儀な文体になっちゃった。――あ」 自分で書き込んだ内容に苦笑いしていると、メッセージにすぐ既読マークがついた。「既読ついた。すぐに気づいてもらえたみたい」「えっ、マジ? ……あ、ホントだ」「よかったわね、愛美さん。オーストラリアとだったら時差が一時間しかないから、きっとすぐに純也叔父さまから連絡が来るわよ」 ……と珠莉が言い終わらないうちに、電話がかかってきた。発信元は純也さんの携帯だ。「……はい。純也さん?」『愛

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   仲直りと初めての挫折 page1

     ――そうして、愛美の高校最後の夏はさいたま市の牧村家で終わりを迎え、さやかと二人で〈双葉寮〉へ帰ってきた。  この夏は海外旅行へ行かず、国内でファッション誌のモデルオーディションを受けまくっていた珠莉が先に寮へ帰ってきていて、部屋の勉強ペースで二人を出迎えてくれた。「愛美さん、さやかさん、おかえりなさい」「ただいま、珠莉ちゃん」「ただいまー、珠莉。オーディションおつかれさま! お兄ちゃんとはどう?」「おかげさまで、交際は順調よ。そして、なんと私、ついに有名ファッション誌の専属モデルに決まりましたのー!」「えっ、ホント!? おめでとう、珠莉ちゃん!」 自分だけでなく、珠莉もとうとう夢を叶えたことが愛美は嬉しかった。応援していた甲斐があったというものだ。「ありがとう、愛美さん。あなたと純也叔父さまのおかげよ。お父さまとお母さまも、叔父さまが説得して下さったおかげで私の夢を応援して下さるようになったの。でも、将来的には私に後継者になってほしいというのが本音みたい。そのために、私は経営学部に進むことに決めたのよ」「そっか。……あ、ところで珠莉ちゃん。昨日ね、純也さんからわたしにこんなメッセージが来てたんだけど」 愛美は床に荷物をドサリと下ろし、スマホのメッセージアプリの画面を開いて珠莉に見せる。『愛美ちゃん、ごめん! 俺もこの夏は千藤農園に行けなくなった。 大学時代の友達から一緒にオーストラリア旅行に行こうって誘われて。 愛美ちゃんは埼玉で楽しく過ごしなよ。淋しい思いをさせてごめん。』「……珠莉ちゃん、わたしがさやかちゃんのお家に行ってたこと、純也さんに教えた?」 珠莉はさやかから、そのことをメッセージで伝えられていたのだ。彼が知っていた理由は、珠莉から聞いたとしか思えない。「ええ、お伝えしたわよ。……あら、いけなかった?」「ううん。……実はね、わたし、まだ純也さんと仲直りできてないの。だから、これで仲直りのキッカケができたと思う。ありがとね、珠莉ちゃん」「あら、まだケンカ中だったの?」 意外そうに眼を見開いた珠莉に、愛美は肩をすくめながら答える。「うん、そうなんだよね……。千藤農園に行ってたら仲直りできてたかもしれないのに、それをすっぽかしてさやかちゃんのお家に行っちゃったもんだから、仲直りのチャンスを掴み損ねちゃって。でも、

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